構造主義とパリジェンヌ(1)

夫のビジネスの場で、またはプライベートで、男女のパリ出身者たちと出会うことも
多かった冬休み。

ナイスなひとももちろん多かった。総じて日本に対して理解があり(今の世の中では
どこの国の出身者も日本をよく知っているけれど。あ、でも知らない人もいる)、
もとより積極的な興味を持っているひともいる。

「私、日本の小説は好きでよく読みますよ。特にヨーコ・オギャワとか、アルキ・ミュラカミ
とか、読むたびに泣きますね」

アルキ……。あ、春樹(Haruki)のHをフランス語の無音読みしたのか〜。

小川洋子は私も大好きですよ! 村上春樹は、日本で一番ノーベル文学賞に近い
作家と言われています。ここであなたとそんなお話ができるなんて嬉しいです」

日本の優れた工業製品や、交通システムの正確さに代表される日本人の真面目さ、
勤勉さを褒めてくれる人も多いのだけれど(しかしそれは非常によくできた、何層もの
レイヤーを持つ偏見でもあると私は考える。詳細後日)、そういう経済面だけでは
なくて日本の文化的な面にも知識を持ち、実際に市場に出回らせ、最も広く大衆レベルで
好意的に受け入れているのは、フランスではないかと思う。

で、それはヨーロッパが大航海時代から綿々と持つ、そして植民地主義の最大の
モチベーションかつ交易通貨となった、いわゆる異国趣味(オリエンタリズム)に端を
発しているのはまったく否定しない。

フランス国内でも移民流入と絡めて問題視されることのある「オリエンタル」(東洋人の
総称。トルコ・インドが入ることもある)、決してすべてのオリエンタルを歓迎している
わけではないのは明白だけれど、それにしても他のヨーロッパの大国に比べて、
総じて日本びいき度が高いのは、ひしひしと感じる。


どうしてだろう?


一方で、フランス人は他者に対して傲慢と思えるほどの排除的な態度をとることも、
ままある。去年の夏に行われた、旅行者による世界の接客ランキングで、フランスは
旅行者たちから「失礼だ。二度と行かない」と罵倒に近い感想がわんさかと寄せられ、
みごと最下位の「栄誉」に浴した。それを見た世界中のメディアの反応が
「さすがフランス人だ。彼らは決してこれを気にも留めないだろうけれど」
と、フランスの「高慢」イメージを皮肉ったものだったのも面白い。


さて、パリ行きのTGVで、2人ずつ向かい合わせの4人席が左右に2つしかない、小さな
コンパートメントに予約席が割り当てられた。前後が電動のドアで仕切られ、そこに
乗り合わせた2家族は小さな同じ空間を、パリまでの3時間半、みっちり共有する
ことになる。たまたま乗り合わせた家族連れが、やって来た私たちに視線をやって
ぷいとそっぽを向き、押し黙ったのに気がついた。小さなベビーと女の子を
連れた、カジュアルな格好の夫婦で、私が同じ子供連れの気安さで微笑みかけたら、
視線が合ったはずの奥さんが、そのまま何事もなかったかのように水平に視線を
はずす。あれ、どうしたんだろ。

で、二人はフランス語で会話していた。あれ、さっきは英語だったように思ったけれど
勘違いしたかな、フランス人なのね、と思って、こちらはダンナも私も英語の本を開き、
読みふける。途中、奥さんが機嫌がよろしくないのか、ダンナさんが2度パシリのように
どこかへ走っていって、サンドウィッチとコーヒーを渡し、奥さんの顔色をうかがうように
している。奥さんは、授乳する以外は(さりげなく胸をたくしあげて席で授乳)子どもに
構わない。ベビーや女の子が泣くと、ダンナさんが慌てて抱き上げ、別のコンパート
メントに連れ出してあやしているのを見て、我が家にはない夫婦関係だなぁと思った。

すると、隣のベビーが哺乳瓶を投げ、私の足元に転がってきた。拾って、にっこり
"Here you are."(どうぞ)
と渡したら、奥さんが一言もなくそれを受け取り、再び視線を水平にはずす。

あれ、これまたどうしたんだろか。

ちょっとしたときに女の子と目が合ったので、こちらも本を閉じて
「かわいいですね、おいくつですか?」
と、ダンナさんに英語で尋ねる(フラ語に自信なし)。
「2歳になったばかりです」
と、どう聞いても「北米の」、つまりカナダかアメリカのアクセントの英語で返してくれたのを
不思議に思い、ちょこちょこと子どもについての話をした後で、
「これからパリに行かれるのですか?」
「ええ、妻の実家があるので、Xmas休暇で」
「あぁ、パリのご出身なんですね」
「いや、僕たちはボストンから来たんです。僕はカナダ人、妻だけがパリ出身です」

道理で、旦那さんがときどき英語交じりで喋っていると思った。つか、やっぱり君ら、
はじめ英語喋ってたよね? つか、奥さん、アナタ私たちが来てからフランス語に
変えたよね? 英語わかるよね? ボストン在住でしょ? しゃべれないわけないよね?
で、その間、奥さんはずーーーーーーっと窓の外を見つめたまま。なんだか知らんが、
もの凄くピリピリした、棘々しい空気が奥さんから発せられて、こちらは息が詰まる。

しばらくして、今度は小さい女の子がジュースボトルを落として、また私の足元に
転がってきた。再びにっこり渡すと、再び奥さんが一言もなくそれを受け取り、
みたび視線を水平にはずす。

あぁ、彼女は無視を決め込んだのだ、それじゃこちらも気は使うまい、むしろすっきりだ、
と、以後の旅程(計3時間半)は、

お互いガン無視。

以後パリに着いても視線も合わさず、別れの挨拶ひとつなく、没交渉で通したので
ありました。






パリジェンヌめ。