実録 恐怖の心霊体験

寝苦しい夜だったのは間違いない。

 

息のつまるような高い湿度と温度にむせ返るようにして目が覚めた。隣のベッドを見ると、オットはまだ帰宅していない。心臓が妙に早く打つのを感じながらリビングに行き、コップ一杯の水をごくごくと飲み干した。

 

時計を見ると1時40分。オットは今日接待だっけ……と思い出し、玄関の鍵が閉まっているのを確認して、ムスコが眠る真っ暗な寝室へと戻る。室内はムッとする暑さ。エアコンを入れ、1時間のタイマー設定にしてベッドに横になると、なんだか眠れない。

 

まだ書いていない原稿のことや、家の中のいろいろなこと、最近読んだ本のことなどが、まとまりなく頭の中に現れては消え、妄想と覚醒との間をゆらゆらと行き来するうちに、寝てしまったようだ。

 

その間、タクシーで帰った夫が玄関ドアを開ける音や、バスルームに入る音を遠くに聞いた。オットは疲労を感じさせる、大きなため息をつきながら寝室に入り、ベッドサイドで明朝のために目覚まし時計を設定している。「あ、帰ってきた」とだけ思って、私は深い眠りへと落ちて行った。

 

ふと気づくと、足元のフローリングの床がきしむ音がした。オットがトイレにでも起きたのだろうかと、目が覚める。寝室は真っ暗で、ドアの方を見ても誰もいない。隣を見ると、ムスコの向こう側にオットの大きな背中が転がっている。

 

では、この足音は、誰だ。

 

ドアの方を凝視すると、中空に何かがあった。目が合うなり、それはもの凄いスピードで私の方へ飛んで来る。天井とベッドとの間、床から2メートルほどの所で、それは私を見下ろした。目を疑う。中心で赤い点のようなものがチカチカと点滅している「それ」は

 

ピンク色に鈍く光るダース・ベイダーの顔

 

だったのだ。黒く落ち窪んだ目の奥で、点滅する赤い瞳が私を見据え、顎(あご)の下に何か分厚い紙の束のようなものをヒラヒラとさせている。紙の束? 札束だ。

 

驚愕、である。「顎の下に札束をヒラヒラさせたピンク色のダース・ベイダー」にそりゃもう腰抜かすほどビックリしたワタシは、ナゼか関西弁で

「えぇぇぇっ、何ですのん!? 何ですのん!?」

と叫び、慌てて枕元のメガネを掛ける。再び凝視したその中空には、もうダース・ベイダーはいなかった。

「いやもうビックリするわぁ。やめてー」

と呟き、メガネを外しながら大きなため息をついて、横になる。

 

「心霊」とかオカルトとか、このテのことに全くセンスがなく感受性のニブいワタシは、これまでの人生でそういう「見えないはずのもの」を見たことがない。唯一それっぽいことと言えば、学生の時に風邪を引いたのを無理して頑張っていて、夜中に金縛りに遭ったことくらいだ。

 

確かに、その一週間は連日1〜2本の原稿を上げねばならずに相当精神的に追い詰められていた上に、作業途中でついネット動画(お笑いライブ)にうつつを抜かし、気が付くと1時間も画面を凝視していたりで、デジタルな刺激は多かったと告白しておかねばならない。

 

しかし、その記念すべき生涯初の心霊体験で、なぜピンク色のダース・ベイダーなのか。なぜ札束なのか。よく心霊体験では、自分が会いたい故人に会うとか、何らかのメッセージがあって出てくるとか言うが、深層心理のワタシは同じ故人でもダース・ベイダーに会いたかったというのだろうか。ピンクのダース・ベイダーがワタシに何か伝えたいことがあるというのか。

 

しかもメタリックなピンクに鈍く光るダース・ベイダーというのも、受け取りようによっては何だかヒワイだ。顎の下に札束なんてのも、ワタシという人間の俗っぽさに何か言われているようで、とても気になる。

 

「なぜダース・ベイダー……」

 

見えないはずのものを見てしまったという恐怖よりも、よりによってそんなものを見てしまった自分のあり方への疑問でぐるぐる。何がいけなかったというのか、全部か、そりゃ悪かった、とこれまでの人生を振り返りながら、そのまままんじりともせずに夜は明けた。薄闇の中で呟く。

 

「そりゃないぜ、アナキン」。