母子ラーメン。(2007年10月)

ムスメが受験生だ。

 正確には受験生予備軍なのだけれど、最近の中学受験は早くから準備を
 するので、周囲も熱が入ってきている。この秋は塾通いと週末テストの
 合間を縫って、文化祭や学校説明会でひたすら学校巡り。そのような場
 所に破壊王のムスコを連れてゆくのは他人にも自分にも迷惑なので、ム
 スコはオットと留守番部隊、ムスメと私は「ゴーゴー受験ガールズ」部
 隊となって、都内・近郊各所を巡る日々だった。

 さて受験ガールズは、腹が減る。週末、午前中のテストが終わったムス
 メと駅前で待ち合わせし、文化祭に出かける前の腹ごしらえは「ラーメ
 ン」。学校が休みの平日、午前中ムスメは勉強し、別室で母は仕事をし、
 さて今日の昼はメシでも喰いに出かけるかと行く先も、「ラーメン」。

 「またラーメン?」とムスメは笑うけれど、既に身長がゴイゴイと伸び
 155センチに届こうかという成長期女子は、決してオシャレカフェのオ
 シャレな量のオシャレランチでは満足できないのだ。そんならば町のお
 っさん食堂で定食か、サラリーマン男子に混じってラーメン喰って、次
 の勉強にがっつり備えるほうがいい、というのがガテン発想の母の持論
 である。

 しかしカワサキ家が愛していた町唯一の定食屋は、駅前再開発で姿を消
 してしまった。なんたることだ。気軽な丼屋も蕎麦屋もない。一杯飲み
 屋もない(スマン、つい)。コレだからオシャレタウンは困るのだ。そ
 んなワケで、ラーメンである。

 おっさんだらけの店に、母と小学女子でずいずいと入ってゆく。どっか
 りと腰を掛け、
 「ラーメン二つと半チャーハン、半ギョーザも下さい。あ、ラムネもお
 願いします。麺は硬めで」
 と愛想よく笑って注文したら、そこから母とムスメのおしゃべりが始ま
 る。テストどうだった? 先生何かオモロいこと言ってた? なんかオ
 モロいヤツいた? そういや学校のあの話どうよ? えっ、そんなこと
 してんのアイツ。ホント男子ってバカー。

 小学校高学年の女子は、男子がいかにバカかという話を始めると止まら
 ない。中年女子も、総じて男子がいかにバカかというのは身に沁みて知
 っているので、うんうんと相槌が止まらない。男子をこき下ろしたり、
 マンガの話をしたりしながら出されたラーメンをすすり、ギョーザ皿で
 醤油とお酢を混ぜ、忙しく口を動かす。女子だけのラーメンは意外と楽
 しいのだ。

 そういえば……と、自分が小学女子だった頃をふと思い出す。中学受験
 の頃、私も自分の母とやたらと蕎麦屋やラーメン屋に行ったなぁ。私の
 母は関西出身なのに大の蕎麦派で、街なかで美味い蕎麦屋を見つけるの
 が本当に上手だった。テストの後や、学校関係のお出かけの時、私は母
 に教えてもらった「天せいろ」や「にしん蕎麦」を食べるのが楽しみだ
 ったと記憶している。天麩羅や甘辛い身欠きにしんが、本当に美味しか
 った。ラーメンは味噌ラーメン派だったな。

 こんな風にして、「母と娘」は四半世紀の時を超えて同じようなことを
 やっている。あの時二人で何を喋っていたかはもう思い出せないが、ど
 この蕎麦屋で何を食べたかなんてのはよく覚えている。どうしてだか、
 その時に私の母が着ていたスーツも妙に覚えている。きっとあちこち歩
 き回るとき、雑踏の中で見失わないように、一生懸命見つめて追いかけ
 ていたんだな。

 私が母のスーツ姿の背中を妙に覚えているように、ムスメも私の背中を
 記憶に残すのかもしれない。スーツじゃなくて、Tシャツとジーパンだ
 けど。肩幅やたら広いけど。こんな背中でよかったら、まぁ覚えておい
 てくれよ。そう思いながら、麺を啜り上げた。