リチャードの土(2007年11月)

 「本日のメニューはこちらになります」と渡された紙の中、
 堂々とした文字で「土」と書いてあるのを見たとき、「あぁ、だから
 フレンチって怖いんだよぅ……」と帰りたくなった。

 食事しましょうと言って、いつも必ずフレンチの店を(そーゆーのが
 苦手な私の哀しみは意にも介さず)指定する某誌編集部に連れられて、
 南青山のフレンチ「N」へ。折りしも「ミシュラン東京」が発表された
 直後とあって、今回星を得た同店にもグルメ好きの編集さんたちの
 期待が膨らむ。

 「振り返らずに聞いて下さいね。今、カワサキさんの右後ろに座った
 外国人の男性は『ミシュラン東京』の総責任者です。確認するために
 食べに来たのかしら(笑)」

 と編集女史にささやかれ、ほへー、よくわかんないけど怖そうだ、
 えぇい忘れちゃえ(笑)、と泡立つグラスをあおる。どのコースに
 しますかと聞かれて、メニューの中に『土』の字を見つけていた私は、

 「コレ、この『リチャードの土』って何でしょう? 土って食べられ
 るんですか」

 と聞く。なんたってフレンチだから、土くらい料理しちゃうかもしれ
 ない。

 「えっ、土? ホントだっ」

 とざわめく私たちのテーブルにすっと近寄ってきた女性スタッフが

 「種明かしをしてしまうと面白くなくなってしまうのですが……」

 と前置きしつつ、ある身近な野菜をメインにしたポタージュに
 牡蠣を浮かべた料理であると、ミステリアスな部分を残して説明して
 くれた。好奇心の強さを象徴するように、全員一致で、それを
 コースに加えてアラカルトでオーダーする。

 出てきたものは、土色のスープに黒い牡蠣。
 「見た目、確かに土らしい印象ですねぇ」とひと匙口に運んだ編集さんは
 「あっ、ゴボウだ」。

 「美味しいです!」と先ほどの女性スタッフに声をかけると、彼女は
 楽しそうに話し始めてくれた。

 この「リチャードの土」は、長野で契約している有機農家で栽培された
 「土の中で育つ野菜」ばかりを順次出していくのだとか。その農家の
 土は12年に渡って有機化されたもので、その信頼と誇りを「土」という
 言葉で表した。しかしそれを知らなかったのか、あるテレビ番組では
 この「リチャードの土」を聞いて、「土で作った料理」をどこかの
 シェフに作らせてしまったらしい。

 そのシェフは考え抜いた末、本物の土に高い温度と圧力を一定時間
 かけて殺菌し、それなりに料理を作ってしまった! 後日そのシェフが
 同店のNシェフに「ね、『土』って本当は何なの?」とそっと聞きに
 やって来て、笑い話に。

 「へぇっ、じゃぁこのゴボウは長野でリチャードさんが作っていらっ
 しゃるものなんですね」

 「いえ、日本人の農家さんなんです。でも、Nシェフが『リチャードに
 似てるから』って、リチャードと呼んでいるんですよ。でも、
 『リチャードって誰ですか』と聞いても、『俺しか知らない人だから、
 いいんだ』って(笑)」

 みんなで笑った。こういう話が聞けるフレンチなら、いいな。

 するとそこに、夜のニュースでキャスターを務め、斜め座りに潤んだ
 瞳が大人気のTさんが入店。美しい! しばらくすると、窓の外を
 シュッシュッというウォーキングで有名なDさんが普通に歩いて
 行った。

 某誌副編氏、奥に座った美しいTさんをガン見。
 「ちょっと、見すぎっ!」
 と編集女史に注意される。気持ちはわかるけど〜。

 リチャードの土、いい意味で土臭くて温かいエピソードも一緒に味わう
 ことができて、フレンチを苦手とする私も、ちょっと「フレンチ怖い」
 感を改めることができました。面白かった!