梅宮アンナちゃんの無間地獄?

次回の記事で、『低年齢化する、子どものうつ』を
書かねばならないので、その準備中。
ぶっちゃけ無茶ブリ……それを力量不足にも 関わらず、
断らないアタシもアタシ……。

で、面白い研究を見つけてそのまま脳内宇宙遊泳してしまう。

京都教育大の院生による、「子どものうつ」修士論文紀要↓
http://lib1.kyokyo-u.ac.jp/kiyou/kiyoupdf/no110/bkue11007.pdf

小学校高学年の男女児に、父・母・自分の距離感を
円の中で表現してもらい、抑うつ・不安傾向とクロス分析
したもの。

・父母と子どもが等間隔(近距離・中距離問わず)のケース
・父と子どもが接近し、母が遠いケース
・母と子どもが接近し、父が遠いケース
・母子/父子家庭

どれがもっとも子どもの抑うつ傾向増大と大きなかかわりが
あると考えられるか?




父子接近型なんですよね。


父子接近型でも、母子接近型でも、三者のアンバランスが
子どもの抑うつ感を大きくしている傾向はある。
でも、父との距離感が明らかに近いケースでその値が有意に
高い。

研究者は、父親の過干渉、父親との距離感が近い(そして子どもは
それに不満を持っている)という感覚が抑うつ感を高めていると
していて。母親の過干渉よりも父親の過干渉による影響の
大きさを指摘しています。

ここで注目したいのが、母子・父子家庭の子ども。
両親との距離がバランス良いケースと、抑うつ傾向の数値に
おいて変わりはなく、父子接近・母子接近型に比べてむしろ
「健やか」。ひょっとして、家庭の中に「支配―被支配」
の構図が生まれにくいからなのかなと。支配関係が生まれる
よりも、共同生活としての色が濃くなるのかな。


父子・母子接近型の話に戻って、私は過干渉で支配的な母親が
子どもに与える影響の方が、大きいのではないかと思っていた
ので(接触時間も長いし)、ちょっと意外に思いました。

で、週末、お友達が『婦人公論』に内田樹氏のインタビューが
載っているよと教えてくれたので、生まれて初めて『婦人公論』を
買ってしまったのですが(鼻血ブー)、その中で梅宮アンナ
父・梅宮辰夫 の干渉にずっと苦しんできたというインタビューを読み。

小学校〜中学校時代に、在学していたお嬢さん学校でいじめに
遭ったこともあってとても辛かったのに、父はその「お嬢さん
学校に通っている娘」に満足していたので、娘の言い分を
理解してくれなかった、とか。

孫娘の進路も、もちろんそのお嬢さん学校に行けるように
(辰夫が)奔走した、とか。

未だに「娘のためにもお前はいいパパを見つけてやらなきゃ
ダメだ」と言う、とか。

海外のビーチで、妻がパラソルの下で寝そべっている横で、
泣きわめく赤ん坊を夫が必死であやしている外国人夫婦を
見て、
「ほら、ああいう夫婦が離婚しないんだ。うちだって、ママ
は何もしないけれどパパがママよりずっと家事にも育児にも
尽くしてきたから、うまくいっているんだ」
と諭した、とか。

彼が「理想の父親」として扱われることには、さすがに
異論を唱える人も既に多いとは思うけれど。いくら
父親の子育て参加を促したがる立ち位置(だった)の私でも、
こんな父親は滅法勘弁だな。

アンナちゃんは、ひょっとしてずっと子ども時代も、娘時代も、
30半ば過ぎた今も、抑うつ傾向があるのではないのかな?
「わがまま」とか表現されて、彼女自身の性格として
受け止められているけれども、父親の支配から逃れられない
故の、何かはないのかな?

何が自立で、何がそうじゃないかなんて、人が判断できるもの
ではなくて、本人の主観なんだけれども。でも、彼女は
ものすごく堅牢で巧妙な檻の中で生きている(生かされている)
のではないか、と勝手に思った次第。