奇人カワサキ家の食卓。

【メルマガコラム】2004/02/25

その日の夕食は、すき焼きだった。
 オットの実家に集まっての夕食。最近専ら「デパ地下」食材に凝っている義母は、
 「今日は人形町『今半』のすき焼き肉をたっぷりよ〜♪」とノリノリだった。

 実際、薄くスライスされ、一枚一枚ビニールに挟まれた黒毛和牛肉は、完璧な美しさ
 だった。神々しいと言ってもよかった。「高そ〜」キッチンに立ち入る者は、
 皆口々にそう言って遠巻きに眺めていた。

 食材を切るのを手伝うカワサキ。材料の中に珍しい野菜を見つける。
 「この青菜、何ですか」
 「アスパラと菜の花を掛け合わせたんですって。すき焼きに合うって、デパートの
 八百屋のおばさんが言ってたの。春菊の代わりよ」と、いそいそと鍋に入れる義母。
 「へー、そんな面白いのがあるんだ」
 「アスパラってお鍋に入れても食べられるじゃない?(←……?)だからこれも
 きっと」

 さて、米国生活の長いカワサキ家のすき焼きは、すき焼き鍋なんてジャパニーズな
 モノには入っておらず、深いステンレス三層鍋に入って出てくる(……)。材料が
 入りきらないので、肉は柳宗理のハイセンスなフライパンに独立して出されるのが
 ポイントである(……)。(カワサキスペシャルその1)

 鍋とフライパンが並んだ、「すき焼き」の食卓。その新鮮さに私は少々目まいを
 覚えつつ、神々しいすき焼き肉に手を伸ばす……が、みんな一斉に手を伸ばすので
 スキがない。(カワサキスペシャルその2)

 仕方がないので野菜鍋の方に手を伸ばす。あれ、何かフシギな味がする。
 「この青菜、妙な味だよ、ママ」と義父。そうだそうだと、皆うなずく。あの
 「菜の花アスパラ」が、アジア料理に出てくるような独特な風味で、割り下と卵に
 合わない……。
 「あ、ホント、ヘンな味! みんなこれ食べなくていいわっ」と、野菜鍋から次々と
 出される菜の花アスパラ。(彼の人生は何だったのだ。カワサキスペシャルその3)

 「斬新なことが好きなものだから、既成の枠にこだわらずについ新しい食材を
 試したくなっちゃうのよね〜」とせっせと菜の花アスパラをすくい出す義母を、
 「伝統的な食べ物に斬新さはいらないよ、ママ」と義父が仲良く手伝いつつ、
 野菜鍋は大忙し。「もう、八百屋のおばさんを信じたのに〜!」

 そのスキに、すき焼き肉を食す。
 「あ〜、やっぱりお肉おいし〜ね〜」とカワサキが感想を漏らすと、
 「このお肉、腕肉ですって。脂の少ないところの方がヘルシーでしょ」と義母。
 「ウデって、腕か? 腕にはそんなに肉はないだろう」と義父。
 「ちょっと待てよ、牛には腕なんてねーよ、前脚だろ!」とオット。
 「ええっ、じゃぁこれはドコの肉なの?わかんなーい!」と戸惑う義母に、
 「ママ、すき焼き用の肉のことをウデって言うんだよ」と冷静かつ博識なオット妹。
 そんな喧騒をよそに、黙々と肉を食べる成長期のムスメ。

 菜の花アスパラ入りの野菜割り下煮込みと、『今半』の牛「腕肉」焼き。
 あぁ、私は個人的にとっても楽しくて幸せだった。菜の花アスパラも結構イケた。
 関西風にも関東風にもこだわらず、既成の枠を遥かに超越して、家族みんな
 ポイントが微妙にずれている「カワサキスペシャル」すき焼きを、私は愛して
 やまない。
 (義母の名誉のために付け加えておくと、彼女のお料理は、みないろんな意味で
 最高である……カワサキもまだまだ勉強せねば。)